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京都、 ユキ・パリスさんを 訪ねて。

京都とデンマークで暮らしながら、
手仕事の魅力を伝えてきたユキ・パリスさん。
その美しい暮らしぶりに憧れ、いつかお会いしたかった
ユキさんに、京都の魅力を伺いました。

写真=岡本佳樹 文=大和まこ


哲学の道のすぐ近くにひっそり佇む「ユキ・パリス コレクション」。1階は北欧や日本の工芸品や美術品が並ぶショップ、2階はヨーロッパの刺繡やレース、編み物などが展示されているミュージアムです。そのオーナーがユキ・パリスさん。京都とデンマークの両方に拠点を持ち、キュレーターやコーディネーターとして活躍しながら、ヨーロッパの針と糸による手仕事の作品を集められてきた方。私の母が愛読していた雑誌で連載をされていたこともあって、その暮らしぶりや美意識が素晴らしいといつも感じていました。

- 同じ時代をすごしてきて、雑誌では同じ号に載ることもあって、いつかお会いできるかなと思っていたのに、機会がなかったですね。それが先日、銀閣寺の帰り道にお店に寄ったら偶然お会いして、びっくりしたんです。

- 出会うべき人はいつかは出会いますよね。

- よかったです。長年仕事をしてなければこんな出会いってないから。

- お会いしたあと、なにかご一緒にって考えたときに、デンマークに来られて市場に行くのかなとか、一緒の食材を使ってお互いに料理する課題が与えられるのかな、なんて想像したりしてたんですよ。

 1階のショップには時代も国の東西も問わず、ユキさんのお眼鏡にかなったものだけが並びます。工芸品から美術品、ジュエリー、布物まで、幅広い品ぞろえ。

デンマーク人のご主人を持つユキさん。玲児さんもまだ21歳だった私にビーフシチューやワインを教えてくれて、外国人のようだったなと懐かしくなりました。

- それも素敵な企画! でも今日は、京都で生まれ育ったユキさんに、京都のいいところを教えていただきたいと思っているんです。

- やはり京都は、街中に立ってふと北を見ると鴨川の奥に北山があり、そこから東山がずっと連なって。疎水以外の川は北から南へ流れていて。山々の眺望が類いまれな、美しく幸せな土地だと思います。そして30分もバスに乗ればポンと山の中に入っていける、その緑の多さ。歴史、文化を感じさせる古い建物があり、人々の住まいも店も、周りの環境を考えた佇まいを作りあげている。そういう、目にごちそうというか、よい絵を見たような感じで、深く心に残る喜びをもたらしてくれることが、他の街より京都は多いですね。

そう考える人々がいて、この魅力ある街が守られているんですね。

- 京都の人は排他的だとか意地悪だとか言われますが、なにが大切かわかる人も多いのではないでしょうか? 派手さやきらびやかさではない、落ち着いたよさを知っている。ご存じのように海が遠いので、食べ物もひと工夫しないとだめで、それも京都の食文化を育んだ一因であり、都が定まってから脈々と続いている文化の中で、伝統的でありながら新しい風を取り入れ、磨かれていったのでしょう。そうして洗練されていったのが京都だと思います。

海が近いところは、新鮮で獲れたてのものがおいしいし、素材のよさがあるから料理に手をかけなくてもいい。ところが京都はおいしいものを作らないといけないから、作る側も自然と学ぶ。どこにも負けたくないっていう意地があったのでしょうか。だからこそ、こんなにおいしい料理が広まっていったんだと思います。

- 大変洗練されていて、素材のよさを引き出す方法を知っておられる料理人がいる。そんなお料理を出してくださるとうれしいですよね。

しかも手が込んでいて、ていねい。ありがたくいただきたくなります。

- すぐ近くにある薪窯料理の「モンク」や十割蕎麦の「十五」、日本料理の「ごだん宮ざわ」はそれを実感させてくれるお店です。

どのお店も伺ってみたい。

- ここから少し南に「アッサム」というティーハウスがあります。オーナーの方がご自分で手入れされたお庭に、北欧家具と中国の段通。どこから音が降ってくるのかしら? と思う音楽。そんな空間で、〝あぁ〟と心から声が出てくるような紅茶が用意されていて。

聞くほどに行きたくなりますね。紅茶も大好きなので、そんな素敵な空間に惹かれます。次に京都に来るときは、「アッサム」の営業日を確認しておかないと。食べ物以外でユキさんのお気に入りを教えてもらえますか?

- 実は、今はミュージアムになったここが私の実家でした。子どものころは、すぐ近くの銀閣寺へ、閉門後にこっそり裏門をあけて入ったりして。正面入り口には艶のある、椿の高い垣根のアプローチ。あんな素敵ないざない方は、類いまれです。なにしろ銀閣寺を造った足利義政は、政治をなげうってお茶の世界に没入した人ですから、華やかなお庭ではないけれど、いいですよね。

銀閣寺は私も前回、久々に足を運んで、感動してしまいました。本当に素晴らしい場所だと思って。

- 人の少ない早朝か夕方にぜひ。そこから歩くのが私のおすすめです。銀閣寺からスタートして、山に沿って京都市街のいちばん東の道を南へ向かい、まずは法然院へ。その次が安楽寺、そして霊鑑寺。安楽寺と霊鑑寺は特別公開のときだけですが、中に入るとやっぱりいい。そこから疎水沿いの哲学の道へ出て、疎水の突きあたりから永観堂、南禅寺へと道が続きます。南禅寺入り口手前に野村別邸があるのですが、正面の門の横に細い道があります。その脇に山から界隈にある別荘の池へ水を運ぶための水路があって。ゆったりと構える日本家屋も素晴らしい。

聞くだけで景色が目に浮かびますね。一緒に歩きたくなりました。

- 夕日なら、哲学の道の終わり近くの少し手前、光雲寺というお寺を眼下に西や北を見るといいですね。光雲寺の背景に吉田山があって、そこから西山の連峰に日が沈んでいく。こういった京都の自然の風景はなににもかえがたい、眼福です。

「ここは祖父が建てた木造民家。ボロボロだったけれど、当時の職人さんの技術や材料はもうないから、消えゆく日本、京都を私なりに残したい」とユキさん。

2階のミュージアムには、ユキさんが長年かけてヨーロッパで収集してきた貴重な手仕事の作品や、そのための道具が並んでいて圧巻。見るたびに感動します。
1 | ひと目で気に入って購入した、スウェーデンのヴィルヘルム・コーゲというデザイナーの1950年代の花器。わが家の緑の棚の上に飾っています。
2 | 和と洋が入り交じる店内。どれだけ眺めても飽きません。
3 |  ユキさんも庭仕事が好きだそうで、店内から見える整えられた草木が美しい。
4 | ぶどうは私の大好きなモチーフ。ロイヤル コペンハーゲンの骨董品が目にとまりました。

京都へはこれまでも仕事で来ていましたが、撮影だと忙しく、取材中は話を聞くこともできなくて。この雑誌を作りはじめて改めて、日本人なのに京都を知らないって残念だな、と思うようになりました。それで後悔しないように、京都の本を作ることにしたんです。

- 京都、そして日本の素晴らしさを若い世代にも伝えてほしいですね。

ユキさんもヨーロッパの素晴らしい世界を伝えてくださった。若いころ、母が愛読していた雑誌にユキさんの連載があって、いつも〝素敵ね〟って見ていました。

- 単純かもしれませんが、私は自然が好き。しかし人が作ったものはさらに好き。人間のいちばん偉大なところは、思いを形にできる、これですね。その時代時代のスタイルがあり、思い、考えがある。それに魅力を感じてきました。そしてヨーロッパに渡ったときに、工芸博物館で目にした18世紀の洗礼服に衝撃を受けて、誰がなんのために、どんな技法で作ったのか、それを調べればヨーロッパの歴史や社会背景みたいなことがわかるんじゃないか、と考えたんです。刺繡やレースとか、女性的なものが好きというんじゃなくて。

その人がどんな気持ちで作ったのか、見て感じてほしいんですよね。探すのも大変な中、ずっと続けられているのがすごいと思います。

- でも栗原さんも、ご自身の名を冠した雑誌が出せるって、すごいことだと思います。私は栗原さんの料理をいただいたことはありませんが、ピュアな蒸留水のようなところをずっと貫かれている感じがします。写真や記事からも、先日お会いしたときもそう感じました。

ユキさんも同じだと思いますけど、自分でやろうと決めたら貫きたい。ひとつのことを最後までやる、強いこだわりがあります。

- その強靭さ。ピュアな思いと、ずっと続けられてきたことで出てきた奥深さや幅を、読者の皆さんが感じられるんでしょうね。この先をもっと見たいですし、感じたいし、教えを請いたい。だからこの雑誌はとてもいい教科書じゃないかと思います。京都の本も必ずいいものを作ってくださいね。

ユキさんがデンマークに帰るときに必ず買うのは「祇園むら田」のごまや「田中長奈良漬店」の奈良漬け、山椒、きな粉、調味料にもなる大徳寺納豆だそう。
 100年以上前の古い家屋を改装した「ユキ・パリス コレクション」の店内は、モダンでヨーロッパにいるような雰囲気。ユキさんの美意識で選ばれたものはどれも魅力にあふれ、宝探しのような気分で買い物を。

 

SHOP
ユキ・パリス コレクション
京都府京都市左京区浄土寺南田町14
☎075-761-7640
11:00〜18:00
水・木曜日休、
夏期(8月)・年末年始休み
※2階ミュージアムのみ、入館料 600円 

PROFILE
ユキ・パリス
1945年、京都生まれ。1970年大阪万博勤務後に結婚し、デンマークに移住。北欧を中心にさまざまな展覧会の企画、監修を手がける。2002年、約40年にわたり収集してきたヨーロッパの手仕事の作品を展示する私設ミュージアムとアンティークショップを併設した「ユキ・パリス コレクション」を京都にオープン。