「寂しくても、楽しく。」飲み友達と乾杯
2022/09/28第2回 宮本亞門(演出家)
写真=工藤雅夫 文=山野井春絵
栗原さんが親交のあるゲストを迎えてお届けする対談。飾らない会話から、ゲスト、そして栗原さんの素顔が垣間見えます。第2回は演出家・宮本亞門さんです。
世界的演出家と料理家の意外な共通点とは
宮 - いやあ、これは新鮮だ ! 初めて昼間にお邪魔しますね。こんなにきれいなお庭なんだ。僕はいつもキッチンのそばに陣取って、飲んでいるだけですもんね。 眺めを楽しんだことがなかったな(笑)。このお宅の夜の雰囲気も、すごく好きですけど。
栗 - 今日は、対談のためにわざわざ来てくれて、本当にありがとう。お礼の気持ちを込めて、焼いたの。
宮 - えっ、なんですか ?
栗 - チョコレートブラウニーです。
宮 - わあ、大好きです ! ラッピングも素敵ですね。
楕円形の器で焼いたチョコレートブラウニーは、グリーンのリボンでラッピングをして、庭のハーブを飾りつけました。
栗 - この器はまた、持ってきてくれる ?
宮 - はい、もちろん ! これでまたこちらに伺う口実ができた。ありがとうございます。はるみさんとのお付き合いは、もう10年以上になりますか。
栗 - 共通の知り合いがいるのよね。みんな酒飲みだから、すぐに仲良くなって。コロナ前はしょっちゅう飲み会をして、私が亞門ちゃんのお家で料理をしたこともあるのよね。
宮 - 僕の家の包丁がまったく切れなくて、苦労していて。
栗 - あはは。そんなこともあったね。 どんどん、わが家の近くに引っ越してきてくれるから、私はうれしいの。犬の散歩の途中で寄ってくれた亞門ちゃんにワインを飲ませたり(笑)。
宮 - そういう、突然のお誘いが楽しいんですよね。いつも、パパッと手際よくおつまみを作ってくれて。たたききゅうりとか、えびの春巻きとか、こねないパンとか、魔法のように出てくる料理に感動してます。ご自分で、レシピがどれくらいあるか知っていますか ?
栗 - 2万レシピくらいかな。似たようなものもあるけど、だいたいわかってる。
宮 - 僕なんか演出した作品は120本くらいしかないのに、全然覚えていないんですよ。とにかくはるみさんの発想たるや、本当にすごいですよね。直感で次から次へと進んでいく。いつでもアンテナを張って、興味津々。僕もよく、キュリアス・ジョージに似ていると言われるけど、はるみさんこそまさにキュリアス(好奇心に満ちた)な女性ですよ。
栗 - だって今、75歳じゃない? 80歳まで、あと5年。焦る気持ちもあるの。まだやってないことが、いっぱいあるから。この新しい雑誌では、習い事の連載なんかもあって、やってみたかったことにどんどん挑戦しているんですよ。
宮 - いいですね。雑誌だからこそで きることがたくさんあるわけでしょう。
栗 - そう、私は雑誌が好きなの。す ぐに手元で見られる良さがあるから。今は自分の思うままに、バランスもあまり気にしないで、 好きなことをたくさん詰め込んだ雑誌にしたいと思ってます。
宮 - 僕がうらやましいなと思うのは、 雑誌は、自分の時間に合わせて、好きなペースで読めるじゃないですか。舞台ってあっという間に消えてしまうし、 時間も客席で強制的に観せられるものでしょう。その縛りがね。
栗 - 舞台はその、集中するのが楽しいんじゃない(笑)。コロナの対策をしながら大変だと思うけど、演劇界もかなり活気づいているんでしょう ?
宮 - そうですね。今までにないほど、 出演者と観客との興奮が感じられて、ライブの力を今さらながら認識しています。
栗 - 亞門ちゃんは、海外の舞台も演出されているけど、やっぱり文化や言語の違うところでの仕事は大変 ?
宮 - 大変ですね。今年は、映画『ベスト・キッド』をミュージカルにした『カラテ・キッド』のワールドプレミア公演をアメリカで開催して、まさに英語の渦の中にいたんですけど、スタッフも俳優もみんなノンストップで、自分たちの意見を激しくぶつけ合う。一瞬たりとも静けさがないんです。
栗 - 舞台の計画は、どれくらいの期間で想定するの ?
宮 - だいたい3年くらい前からですね。今は、映画を仕込んでいるところなんです。
栗 - それは楽しみ! 亞門ちゃんは、いつでも創造力のかたまりのような人だものね。でも考えてみたら、これまではあまり、お互いの仕事の話をしたことはなかったかも(笑)。
宮 - そうですね。僕ははるみさんのお家に来たら、完全にオフモード。おいしいごはんとお酒でリフレッシュさせてもらって。と にかく、居心地のいい場所なん ですよね、ここは。
栗 - うれしいな。わが家に来てくれる人の喜んでいる顔を見るのが大好きだから。
この日、亞門ちゃんにお出ししたのは、バナナクレープ。たまにはお茶もいいですね。
宮 - キッチンは、何回もリフォームされてますよね。来るたびに配置も変わっているからびっくりしますよ。料理も実験的に楽しんだり、自分自身をリセットしていくその力が素敵だな、と。僕も、モノ作りをする人間として、いつも刺激をもらっています。はるみさんは、とても壮絶な人だから。
栗 - 壮絶な人 ?
宮 - そう。一見、ほのぼのとしているけど、中身はチャレンジ精神に溢れていて、気骨がある。悲しみに打ちひしがれても、前を向いて生きている。これからのはるみさんが何を見せてくれるのか、誰にもわからない、想像できない。僕も、そういう人間でありたいと思うんです。
栗 - 人を楽しませること、そして誰かの価値観を変えること。演出家と料理家には、意外な共通点があるのかもしれない。
宮 - ああ、なんだかそろそろ、飲みたいですねえ。
栗 - そうね。お互いの顔を見ると、ワインを開けたくなるね。
宮 - ぜひまた近々、やりましょう!
栗 - 楽しみにしていますよ。
GUEST 宮本亞門 Amon Miyamoto
1958年生まれ。東京・銀座出身。演出家。2004年には東洋人初の演出家としてオンブロードウェイにて作品を上演、トニー賞4部門にノミネート。ジャンルを問わず、幅広い作品を手がける。映画 『ベスト・キッド』をミュージカル化した『カラテ・キッド』をアメリカ・セントルイスで公演、今後はオンブロードウェイを目指す予定。