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「寂しくても、楽しく。」飲み友達と乾杯

第4回 新田和長 (音楽プロデューサー)

写真=阿部 健  文=内田いつ子

栗原さんが親交のあるゲストを迎えてお届けする対談。飾らない会話から、ゲスト、そして栗原さんの素顔が垣間見えます。第4回は音楽プロデューサー・新田和長さんです。

同じ時代を生きてきたから、語らなくてもわかりあえる

栗 - 新田さんとは共通の友人を介して知り合って、もう20年以上経つかな。奥さんや、娘さん、息子さんの家族とも仲良しで、新田さんとふたりでも食事に行くよね。

新 - 家族ぐるみでおつき合いさせてもらって、ご自宅にも家族ともども招いていただいています。

- 玲児さんが亡くなってからは、私のことを心配してくれて以前よりよく会うようになりましたね。私も新田さんのことを頼りにしています。

 

- それはお互いさまで、以前僕が病気をして長期入院したとき、心配してくれましたよね。「入院生活は退屈でしょう」って言って、ポータブルスピーカーを差し入れてくれて。

- 入院すると孤独になるから、せめて好きな音楽を楽しんでほしいなと思ったの。

- 心づかいがとてもうれしかった。おかげで入院生活が乗り切れたし、とても感謝しているんです。

- 新田さんとは年齢も近いし、聴いてきた音楽にも共通点があるから、語らなくても心が通じ合うところがあると思っているんです。新田さんは加山雄三さんや小田和正さん、平原綾香さんなどたくさんのアーティストを育ててきた音楽界の重鎮。私も音楽が好きだから、新田さんから音楽の話を聞くのが楽しくて。

- そういえば、僕の古くからの友人であるイギリスの音楽プロデューサー、クリス・トーマスをはるみさんの家に連れてきたこともあったね。

- そうだった! それも不思議なご縁で。

- クリスはビートルズのホワイトアルバムのアシスタントからスタートして、エルトン・ジョンやポール・マッカートニー、U2など数多くの大物アーティストを手掛けた名プロデューサー。僕が70年代にサディスティック・ミカ・バンドのプロデュースを依頼して以来の仲良しなんだけど、あるとき彼と話していたら、はるみさんのことを知っていたから驚いた。

- 私が出演していたNHKの料理番組が、ロンドンで放送されていたからかな。

- クリスは料理が好きで、はるみさんが出ている番組を見ていたそうです。そしてその番組の最後にエルトン・ジョンの「ユア・ソング」が流れたから、すごく印象に残ったと話していました。クリスは長い間、エルトンと一緒に仕事をしているからね。それを聞いて、僕がはるみさんと友人であること、そしてはるみさんがエルトン・ジョンを大好きなことを話したらすごく喜んでくれてね。彼が来日したときに、はるみさんと会ってもらって、ごちそうにもなりました。

- この話をするとみんなびっくりするの。特に音楽関係の人に言うと、すごく驚かれます。

- クリスといえば、以前はるみさんが僕に聴かせてくれたエルトン・ジョンの「エンプティ・ガーデン」っていう曲。

- 私の大好きな曲なのよ。

- ジョン・レノンが亡くなったときに書いた追悼曲なんだってね。

- 私も玲児さんが教えてくれた新聞のコラムを読んで知りました。

- エルトンとジョンは昔からの友人。ビートルズ解散後、ジョンは「真夜中を突っ走れ」という曲でエルトン・ジョンとデュエットし、彼にピアノを弾いてもらったり、ジョンがエルトンのライブに出演するくらい仲が良かった。だからジョンが亡くなったときに思いを込めて「エンプティ・ガーデン(空っぽの庭)」という曲を作った。しかもその曲のプロデューサーはクリス・トーマス。はるみさんに教えてもらうまで知らなくてね。そういう発見があるから、僕もはるみさんと話すのがとても楽しいんです。それに僕らは職業は違うけど、料理と音楽は共通点が多いと思っている。

新田さんが入院中に手作りケースに入れて差し入れしたポー タブルスピーカー。「よくクラシックを聴いていました」。

- それはどんなところ?

- 音楽プロデューサーの仕事は、一つの楽曲制作で、曲の方向性はもちろん、キーはどうするか、イントロをつけるかいきなり歌からはじめるか、コードはどうするか、コーラスをつけるかつけないかなど、ひとつひとつ決めていくこと。そして曲の概要ができ上がってからも、編集段階で小さな音にこだわったり、隠し味として裏に音を入れたりするんです。それはよく聴かないとわからないけど、全体を通して聴くと、曲の奥行きになったり、アクセントやニュアンスになったりする。そこがプロデューサーのセンスでもあります。

- 確かに料理と似ているかもしれません。食材をどう合わせてどう料理するかは料理家の個性が出るし、こだわったらきりがない。私が作ったものを直接読者の人に食べてもらえないから、私がおいしいと思った料理を数字で出さないとその味を伝えられないんです。作って終わりではなく、料理を作りたいと思ってくれた人たちが再現できないといけない。それが難しい。

- そうか、だからはるみさんはいつも試作をしているんですね。

- レシピが手から離れたその先に責任があると思うから、納得がいくまで何度も試作を繰り返して、味を決める作業を常にしています。例えばしょうゆによっても味が違うこともあるし、調理道具が違えば火の通りも違ってくる。そんなことも考えています。レシピ通りに料理してみておいしくないと、もう作ってもらえなくなるから、レシピはいつも真剣勝負なんです。

- それはすごい! 確かにはるみさんの料理を食べて味つけを聞いてみると、僕の想像を超えた組み合わせだもんね。

- 音楽も料理も人に楽しんでもらえたり、幸せな気持ちにできるという点も共通していますよね。

- 音楽はね、聴いてもらいたい対象がいたほうがいい曲が生まれることが多い。ベートーベンもエリーゼがいたから「エリーゼのために」が生まれたわけで。

- そうね。家族や大切な人たちとおいしい料理を食べると幸せになるし、いい音楽を聴くと心が満たされる。音楽にも料理にも終わりはないですね。

GUEST  新田和長  Kazunaga Nitta
1945年生まれ。音楽プロデューサー。早稲田大学在学中にザ・リガニーズを結成し、ボーカルやギターを担当。東芝EMIを経て、ファンハウスやドリーミュージックを設立。サディスティック・ミカ・バンド、RCサクセション、オフコース、加山雄三、チューリップ、甲斐バンド、小田和正、森山良子など、数多くのアーティストをプロデュース。